エビにあたったクリスマスに思うこと

昨日はクリスマスでしたね。皆さま、いかがお過ごしだったでしょうか?

私は、特に通常営業で和食というか、お刺身を買って食べようかと思っていたのですが、スーパーで気になるお惣菜?というかスペシャルクリスマスな感じの「カクテルシュリンプ」なるものがあって、夫が「割引になっていたから買っていこうか」というので、「お願いします」と食べたことがあまりない、おしゃれな西洋料理を食しました。

そもそも、割引になっていたのですから「ちょっと早く食べて」ってことだろうし「もしかしたら、もしかしますけど、いいですよね?」ということでもあると思うので、(生ものだし)あまり大量に食べてはいけないとおもうのですが、二人暮らしなので大量のエビに「なかなか、これ、いけますね」という感じで舌鼓をうちました。

★なんとなくかわいいイラストを配置してみたw

しかし、甲殻類というのは本当に恐ろしいもので。エビ、カニ、そしてカキなんかは、当たるも八卦当たらぬも八卦みたいなもんです。このエビに、年末のやや疲れ気味の胃腸が反応して、大暴れ。

「われ、なにしてくれとんねん!!!」(胃腸の言葉)

「ごごめんなさ~い( ノД`)シクシク…」と泣きながらあやまったからといって、胃腸が助けてくれるはずもなく。

「いててて」とまさにエビのように身体を「く」の字にして横たわり、ベッドルームまで行ったものの。ちょっと吐きそうで、やっぱりリビングにいようと決意したのが夜中の1時。食後すぐに、胃痛の時の「漢方」的なお薬は飲んだものの、これ効かず、なんとも嫌な感じで「むかむか」としながら深夜に本など読んでおりました。

ふと、「エッセンス、ためしたろ」という気持ちになって。手にとったるはこのお方。

エリックエッセンス、シルバー3のバタフライエッセンス。エリック先生によれば以下のとおりです。

 
これは万物を愛で包み込み、思考とエネルギーをすべてのレベルの意識と調和させる、壮大なエッセンスです。ものの内側に存在するものを理解し、思考をクリアにするので、人間関係に関する困難さを解決するサポートになるでしょう。このエネルギーは、いかなる場所や物もパワフルに浄化し、純粋なシルバーの共鳴と光のパワーで毒素、不調和、ネガティブなものを排除します。(バタフライ&シーエッセンス入門ガイド エリック・ぺラム 翻訳:宮嶋 亜矢子)

エッセンスは「身体の痛み」「緊急の時」にどんな感じなんだろう?はなかなか試す機会がなかったので、直接舌下に落としてみました。それから、5分。あれ。という感じになって、胃の痛みが少しだけ和らいだような感じ。そして、なんとなく自分の手で胃を温めたほうがいいような気がして、あたためる。そしたら「背中をあたためたほう」が良くないか?という感じがして、背中にホッカイロを張る。「おお。なんだかいい感じではないですか」思考がクリアになってきたのが分かる。

「身体の痛み」があるときにはほぼ間違いなく、思考は鈍化している。その上、感情が不安定で上下左右ぶるんぶるん。痛みさえなくなったら、と思うと「痛み」に思考が集中して「痛みを感じるのはいや」に執着する。「いやいやいや」と思えば思うほどにさらに「痛み」が増す。この悪循環。誰しも経験したことがあるんじゃないかと。そして焦りますよね。底知れぬ恐怖も感じます。

そんな時、「痛みから気をそらす」「思考をクリアにする」のに確かにエッセンスはありかもしれません!身体を治すとかいうことじゃないんです。思考がクリアになるから、⇒あ、お腹と背中をあたためよう⇒と自分の対処の仕方が分かり、⇒身体がリラックスするからまた思考が働き⇒次の対応がおもいつくとなりました。

わかりにくいかもしれない。もっとわかりやすく伝えたいけれど、言いようがないんですが身体の不調の時にも助けになる。(私にとっては)と分かってとっても良かったです。もちろん、他人も同じように「そうなる」とは言ってませんので、あしからず。それから、病院に行かなければならないような一大事のときに「エッセンスでなんとか」「ハーブでお手当」とかもダメです。そういう時には、まずは「病院へ」ですよん。

★クリスマスってなんか装飾が派手でいいですよね~。

そんなことがあった昨今、母が「血液の循環が悪いといわれた」と悩みの電話。聞けば、身体の節々が痛いという。そして「最近、孫のことを考えると寝れない」ともいう。私には謎すぎる悩みなんだけれど、本人は真剣に悩んでいるしそんなことで「寝れない」のは本当に身体に良くない。この人、非科学的なことは一切信用せずすべて「宗教がらみ」「ねずみ講」「健康食品売りたいだけ」と一刀両断するくせに、テレビの健康番組で「健康には●●が良い」とか「●●が認知症にはよい」という話題にはことかかない。直ぐにスーパーに調達に向かう。そして、病院に通っては、「膝が痛い、身体がいたい」と訴え、先生に「老人病である。」と言われ、「どうにか止めて、この痛み」と訴え「鎮痛剤」を貰ってくる。

で痛み止め=鎮痛剤を貰って、それを飲みうすぼんやりする脳でまた「うちの孫が」と謎の悩み⇒眠れない⇒体が痛い⇒なんとかならないかの繰り返し。

日本の医療が悪いわけでもなく、まずこの人たちの「このうすぼんやりした思考」をなんとかしたいと思ってしまいます。

例えば、65歳になったら無料の「老人専門大学」でいままで「実務的ではない学問だから必要ない」といわれた「哲学」「心理学」「宗教学」「文化人類学」などを再度勉強していただき、エコノミズムの渦に巻かれた人生について今一度再考。とりわけ「霊性」については新な捉え方をして自らの「死」をきちんと見つめなおしていただきたい。

さらに「量子物理学」などの最先端の科学もも数式など出てこない概論だけでもいいから納めていただき、人類と宇宙の未来や今について思考するように訓練してほしい。スケールや視野を広く、広くである。なぜなら「孫」も所詮は「素粒子」だと思えば、「孫」がどうなるかなどといった疑問は生まれないのだし、「孫」も「自分」も宇宙の一部であり、「観測者」がいないとどちらも「粒子」として認知されることすらないのだ。また、「悩み」というものだって同じで「悩み」と認識しなければ空間には、漂う「波」しか存在せず、物質として存在しないということが分かれば、少しは気が楽になるものだと思うのです。あ、この場合「悩み」は「物質」に分類しています。なぜなら、すでにそれは3次元で「エネルギー」になっているから。

今まで、そういうことを少し出も話そうものなら「理屈屋」「なぜなぜ娘」と言われてきたものですが、今こそ「理屈」をこねくり回してきた実力を発揮するべき時なのかもしれない。

な、何の決意だ!(〃艸〃)

そんな風に思う、クリスマス明けの26日の日記でした。

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