不思議の国の〇〇

3歳の時のこと。仙台のおばあちゃんの家の2階。おばあちゃん、私、お母さんの3人が川の字になって寝ていた。真夜中、がばっと起きた私は「おっぴさん(ひいおばあちゃん)が死んだ!」と一言叫び、また倒れるように眠る。

母「また、寝ぼけていやねえ。」

おばあちゃん「おっぴさん、見てくるよ」

ひいおばあちゃんが1階で寝ていたのだ。ちょっと認知症が入っていたけど、元気は元気だった。トントントンと階段を下がっていくおばあちゃん。と思ったら、すぐに急いで駆け上がってきて、

おばあちゃん「ちょっと、ほんとに死んでるかも!?」

本当に死んでいた。我ながら、ホラーな3歳児である。

母が語る「不思議の国の少女」話のトップ1はいつもこれ。そのあとに、「イマジナリーフレンドがいた」とか「人の気配を感じると、ものを隠す」とか「おまじないを信じている」「家族と出かけるのにいやな場所には泣いて行かないと騒ぐ」と色々な逸話が続いたけれど、やっぱりこの話の不思議さにはかなわない。

5歳くらいのときに「人はなんで死ぬの?」と両親に尋ねたことも覚えている。両親は「そんなことは今は考えなくていい」と返してきた。もちろん、家族や肉親が「死ぬ」というのは衝撃の事実だし悲しい。だけれど、その「悲しさ」の中に釈然としない「何か」が私には残ってしまう。

「なんで人は死ぬのか?」「死んだらどうなるのか?」

だからか小学生の頃は推理小説マニアで、「探偵小説=人が死ぬ=その理由」に夢中すぎてアガサクリスティや、エラリークイーン、江戸川乱歩や横溝正史などなど難解な小説も次々読破していった。もちろん、アガサクリスティなんかは、大人向きの本で読破だ。ポアロとミスマープルの違いくらいは分かっても、ストーリーの半分くらいはわかっていなかったに違いない。

その後、中学の時には立花隆さんの「臨死体験」という本に出会う。「やっぱり!!!」と釈然としない思いは「確信じみた何か」に変わった。「死が終わりなわけがない」という確信。ただ、そんなことを周りの友達や大人に言うわけにもいかない。ただでさえ「変わっている」と思われているのに「さらに変な奴」と思われたらいじめられるに違いない。いじめ=それは思春期最大の危機を意味する。回避するためなら何でもしただろう。そうして自分の思っていることを誰にも告げないまま、中学から高校へ。

高校時代は「死ぬ瞬間」エリザベスキューブラーロスという医学博士が書いた臨死体験の本に出合った。「医学博士が書いた本」ということでますます、自分の考えに自信を持ったが、まだまだ親にさえ言えない。というか言っていたかもしれないけれど、(だってそんな本を読んでいることは知っていたのだから)きっと無視されるか「また、わけのわからないことを言っている」と思われていたに違いない。(というか、親には今もそう思われているが今は全然気にしてない笑『私わけがわからないから』と知ってるから)同時に、「心理学」という学問と出会い、河合隼雄という巨人の虜になった。私は「臨床心理士になろう」と思って心理学の勉強のために大学行った。

そこから、タロット占いを習得するまではこっちに書いてます→タロット姉さん現る!

その後、タロットからオーラソーマ(オーラソーマは、ゲーテからシュタイナー、色彩学、鉱物、植物、占星術と色々学べてとにかく、スピリチュアル界へのゲート、ポータルだと思う)、神社や古代史、植物療法、発酵、、、と好き勝手に探究の幅を広げてきた。

2年前には、結婚したことでいよいよまともな会社員、安全なレールから外れ「不思議の国の少女→不思議の国の婦人」の誕生である。

会社員時代のスタンスとしては「私は会社員として15年以上まじめに勤続していますし、ビジネスでは論理的な思考もできますし(いや、客観的に会社の中でみたらかなり「右脳な女」ですよ。自分的にそう気取ってただけw)科学的なことメインに信じてます。まあ、物理学の世界を見ても不思議なことがあるってことは否定しないけどね。」という、「誰だ、お前は?」というかっこつけたものだった。で、今ここのスタンス、一応、自分のために言っとく、

「はっきり言って、自分の存在がすでに『トンデモ』だと思うし、信じてくれなくても一向にかまわないけれど、究極的には『人は死なない』って私は思ってるんですよ。そんでそのテーマの研究を3歳から(無意識時代を含んでだと、たぶんそっからと思う)してるんだよね私。」

一年以上も更新しないで、いきなりぶっこんでしまいました(爆)

 

 

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